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東京高等裁判所 昭和30年(ネ)744号 判決 1957年2月20日

控訴人(被告) 坂田邦光

被控訴人(当事者参加人) 熊崎正一

一審脱退原告 閉鎖機関東京電球材料株式会社

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、原判決を取消す、被控訴人の請求を棄却する、控訴費用は控訴人の負担とする、との判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上、法律上の主張、証拠の提出、援用、認否はつぎに付加するほか、原判決事実らんに記載のとおりであるから、ここにこれを引用する。

控訴代理人は、

一  仮に控訴人において昭和二三年八月二三日一審脱退原告閉鎖機関東京電球材料株式会社(以下東京電材という)にたいし被控訴人主張のとおりの債務を負担することを承認してその支払を約したとしてもそれは東京電材の代表者たる熊崎正一が、もし控訴人が右約定をしないなら、今後電球口金加工の材料を配給しない、といつて控訴人を強迫したのでやむなくしたのであるから、本訴においてこれを取り消す(昭和三〇年一二月一二日の口頭弁論期日において)。

二  仮に右債務の承認および弁済の約定が強迫による意思表示でないとしても、控訴人はそのとき帳簿の照合もせず、概括的に債務を認めたのであり、その内容には錯誤があつた、よつて右は法律行為の要素に錯誤があり、無効である。

よつていずれにするも被控訴人の本訴請求は理由がない、と述べ立証として当審における控訴人本人の供述を援用し、

被控訴代理人は立証として当審証人海津重雄、永井辰雄の各証言および当審における被控訴人本人の供述を援用した。

理由

一  東京電材は昭和二三年八月三一日昭和二二年三月一〇日勅令第七四号閉鎖機関令の定めるところにより閉鎖機関に指定され、その後特殊清算中のところ、右閉鎖前控訴人に真鍮条を交付してこれに加工し、電球用口金を製造させ、控訴人に加工賃を支払つていたことおよび右加工のため東京電材が昭和二三年一月控訴人に交付した真鍮条一トン五〇六は不良品であつたので同年二月ごろ控訴人からの申出により口金に加工しないでこれを控訴人に売渡すこととし、代金は後日定めることとしたことは当事者間に争がない。

二  控訴人は右買受けることとした真鍮条に関しては、加工の工程七割にすすんだところでき裂を生じ、廃品になつたので、東京電材に支払うべきその代金と東京電材から支払をうくべき加工賃とを清算すれば、控訴人はかえつて約五万二千円の支払をうける計算になる、と主張するけれども、当審における控訴人の供述その他本件の証拠によつては控訴人が右のごとき受取計算になるとの事実を認めがたい。

三  東京電材が閉鎖前控訴人にたいし真鍮条三トン九八二二を交付したことは当事者間に争がない。

控訴人は右真鍮条は昭和二三年二月二四日控訴人方工場がその従業員の過失により全焼するとともに焼失したものでこれにより生じた損害は控訴人において賠償の責を負うかぎりではないと主張する。

よつてこの点につき案ずるに、右失火による真鍮条焼失の事実は被控訴人の明らかに争はないところであつて、この結果控訴人の右真鍮条にたいする加工義務は履行不能となつたことはいうをまたない。

しかし、控訴人が電球口金加工業者であることは弁論の全趣旨に徴し当事者間に争ないところであつて、控訴人は東京電材との口金加工契約により同会社から交付をうけた真鍮条を加工をする契約上の義務を負うほか、善良な管理者の注意をもつてこれを保管する義務あること商法第五九三条の規定の趣旨に照して明らかであるから、もし前記焼失が控訴人の責に帰すべきものであり、したがつて控訴人の加工義務の履行不能が控訴人の責に帰すべきものであるとされる場合には、控訴人はこれにより東京電材に生じた損害を賠償すべき筋合である。

ところで控訴人方の被用者たる従業員は控訴人の手足としてその業務に従事するものであり、その者の過失により生じた真鍮条の焼失による加工義務の履行不能については使用者たる控訴人において右従業員の選任監督につき相当の注意をし、または相当の注意をしてもなおかつその結果を生ずべかりしときでないかぎり、控訴人の責に帰すべき事由により履行不能をきたしたものと解するのを相当とする。このことは民法第一条所定の信義誠実の原則に照らしても民法第六五八条第一〇五条の受託者の損害賠償責任、商法第五六〇条第五七七条等運送、寄託、倉庫等営業者の損害賠償責任に関する規定にかえりみても当然であるとすることができる。

しかるに本件には右控訴人の従業員の失火による真鍮条の滅失については控訴人が従業員の選任監督について相当の注意をはらい、または相当の注意をつくしてもなお右損害が生じたことについてはなんらの主張も立証もないから控訴人は東京電材にたいし右三トン九八二二の真鍮条の滅失による加工義務の履行不能によつて生じた損害につき賠償の責に任ずべきものである。(右真鍮条に関する被控訴人の請求は口金加工契約による義務の履行を求めるものであつて、控訴人もしくはその従業員の不法行為による損害賠償を求めるものではないから、控訴人の右賠償責任は民法第七〇九条の適用を排除する「失火の責任に関する法律」によつては左右されるものではない。)

控訴人は仮に右失火のために生じた損害につき控訴人には賠償の義務ありとしても、その当時東京電材からこれを免除されたと主張し、当審における控訴人本人尋問中には、失火の翌日東京電材代表者熊崎正一から、「焼けたものは仕方がない、今後一生懸命やりなさい、」といわれたのでわたくしは債務を免除してくれたものと思つてほつとした旨の供述があり、原審証人丹野保治、当審証人永井辰雄の各証言中にも控訴人は丹野、永井にたいして東京電材から右債務を免除された、とはなした旨の供述があるが、たとえ右火災当時熊崎がみまいにきてそのようなことをいつて控訴人をはげました事実があつたとしてもこれをもつてただちに火災により東京電材にたいして生じた控訴人の損害賠償責任を熊崎が免除したものと断定することはできない。

四  つぎに東京電材が控訴人にたいし、右火災後口金加工のため真鍮条一トン五二二、一六を交付したことは当審における被控訴人本人の供述と同供述により成立を認める甲第一号証の一、二によりこれを認めうべく、東京電材が控訴人にたいし昭和二三年八月二三日以前において製品納入のための梱包用材料叭三〇〇枚、繩三〇丸を交付したことは控訴人において明らかに争はないところであるからこれを自白したものとみなすべきところ、右証拠および成立に争ない甲第二号証、当審証人永井辰雄の証言により成立を認め得る甲第三号証、同証人証言、原審証人奥平二郎、当審証人海津重雄の各証言をあわせると、東京電材および控訴人は昭和二三年八月二三日前記一、三、四における真鍮条および梱包材料についての債権一切を金銭に見積つて決済することとし、その金額を六十七万五千二百八十四円九十八銭とし、この金額から控訴人の反対債権たる預り金、未払加工賃、その他合計金三十五万四千八百三十一円二十八銭を差引き計算し、結局控訴人は東京電材にたいして金三十二万四百五十三円七十銭を同年同月二七日までに支払うべきことを約したことを認めることができる。

控訴人は当審における本人尋問において、右弁済契約の成立を否認し、いろいろ弁解するところがあるけれども、右供述は前記の各証拠と対照し、信用できない。

なお控訴人は仮に右のような契約があつたとしても、それは控訴人が東京電材代表者熊崎正一から、控訴人がもし右契約をすることに応じないならば今後口金加工のための真鍮条を支給しまいといつて強迫したからであり、仮に右強迫がなかつたとしても同約定の内容については錯誤があつたから右約定は無効であると主張するけれども、前記控訴人の供述によつては右事実を認めるに足らず、その他にこれを肯定すべき証拠はない。

五  つぎに当審における被控訴人本人の供述によれば東京電材は昭和二八年八月二〇日以前において被控訴人にたいし前項の金三十二万四百五十三円七十銭の元利金債権を譲渡したことを認めるに至り、東京電材が同年同月二〇日到達の書面でその旨を控訴人に通知したことは当事者間に争ないところである。

してみれば被控訴人が控訴人にたいし右金三十二万四百五十三円七十銭とこれにたいする昭和二八年八月二八日から支払ずみにいたるまで商法所定の年六分の割合による遅延損害金の支払を求める本件請求は正当であるからこれを認容すべきものであり、原判決は相当である。

よつて本件控訴を棄却し、民事訴訟法第九五条第八九条に則り主文のとおり判決する。

(裁判官 藤江忠二郎 原宸 浅沼武)

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